Bの日記帳

2014/10/13

プッチーニ/菊

プッチーニ作曲の『菊』は、彼の作品ではほぼ唯一の弦楽四重奏曲で、今回のように弦楽合奏で演奏されることの多い小品です。『菊の花』と呼ばれることもあります。

あまりなじみのない曲かもしれませんが、イタリアでは追悼曲としてしばし演奏される曲、と言われています。
曲の成立についてはあまり資料がないため、手持ちのCDの曲紹介をベースに調べております。

作曲されたのは1890年、プッチーニのパトロンでもあったサヴォア家のアマデオ公爵の死を追悼するために一晩で書き上げたとされています。
このアマデオ公爵については先のCDの資料には言及はないのですが、スペイン王アマデオ1世ですので、今回の演奏会ではスペインの名曲アランフェス協奏曲に若干関係を持たせております。

7分ほどのこの作品は、物憂げなメロディーで満たされています。

■ヨーロッパでの『菊』
日本では菊の花と言うと、天皇家の御紋であり、春の桜に対して秋の菊として鑑賞されています。
もともと原産は中国で、ヨーロッパにも中国から持ち込まれたようです。
ヨーロッパで広まったのは、幕末の日本から鑑賞菊が持ち込まれたことがきっかけ・・・と言われることもあります。
一方で、弔花としての慣習はその後ヨーロッパから伝わったようですね。
一部の国のようですが、墓参りの際には菊の花をもちいるようです。

Yahoo知恵袋で面白い記事がありました
デンマーク→普通に鑑賞用
フランス・イタリア→墓参り
オーストリア→母の日のプレゼント
イギリス→結婚式
※各国いろいろな文化があると思いますので要注意

また、葬式の時、とくにキリスト教ではユリが多いようですね。
聖書で繁栄の象徴とか。

■オペラ「マノン・レスコー」
『菊』のメロディーは、オペラ「マノン・レスコー」に転用されています。
第4幕、アメリカでのシーン「君の重みを全部僕にかけ給え」です。
娼婦として植民地ルイジアナへと流刑されたマノンと、それを助けるべく追いかけてきた騎士デ・グリューとが荒野で歌う二重唱でした。





この後マノンは力尽きてしまうんですよね・・・。

■曲の背景
曲の背景のために、当時のスペインの情勢をまとめてみました。

なぜイタリアのサヴォア家からスペインの国王が・・・という話になりますが。
現在のスペイン国王ファン・カルロス1世は1700年から続くスペイン・ブルボン朝、つまりもともとはフランスからの家系(といいながらもスペインの血も流れていたり、本家は断絶したりと複雑ですが)です。世界史で「スペイン継承戦争」というものを習っておりますが、まさにそこのお話ですね。

そして19世紀までに、フランス革命やナポレオン戦争の影響を受けながらスペインは混乱した時代を送ることになります。

1833年のイサベル2世の即位により始まるカルリスタ戦争(つまり王位継承をめぐる内戦)は1839年には終戦となります。しかしその後も国内は混乱し、1868年には陸軍のプリム将軍を中心としたクーデターにより、イサベル2世がフランスに亡命することになります(9月革命とかスペイン名誉革命とか)。

ここでスペイン国王として呼ばれた、というよりも支援者のナポレオン3世の意向によりアマデオ1世が即位します。

なんでここでナポレオン3世なのか?
アマデオ1世(サヴォイア公)の父親はイタリア統一王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世。
またややこしい話になりますが、神聖ローマ帝国領であったイタリアは、ナポレオン戦争によりナポレオンの支配下となります(1805年)。
ナポレオン(イタリア読みだとナポレオーネ・ボナパルテ)は1814年に退位し、イタリアは小王国へと分裂し、ナポリ・シチリア・パルマなど、ブルボン王家による王国も多かったようです。

1815年から始まるイタリア統一運動はガリバルディらの活躍により1871年には終結します。
その背後にはナポレオン3世の支援がありましたので、ようやくアマデオ1世の即位につながるわけですね。

とはいえ、後ろ盾であったプリム将軍も暗殺され、支援者もいないアマデオ1世は結局在位は1870-1873年と非常に短いものとなりました。

アマデオ1世の退位後にスペインは共和制(第一共和制)となりますが、クーデターにより再びブルボン王家に戻り、アルフォンソ12世(現国王ファン・カルロス1世の曽祖父)が即位します。

■余談
・イタリア統一運動へのオーストリアからの干渉(オーストリアから見れば独立鎮圧)として、かの「ラデツキー行進曲」が生まれています。

・アマデオ公は1888年にマリー・レティシア・ボナパルトと再婚しています。マリーはナポレオンの弟ジェローム・ボナパルトの孫娘(つまりマリーの父親はナポレオン3世の従兄弟)であり、アマデオ公の姪になります。

・現在のボナパルト家の当主「ナポレオン7世」はジェロームの曾孫となっています。

■参考
Wikipedeia:アマデオ1世
その他いろいろ
 スペイン・ブルボン王家の系図
 Yahoo知恵袋:各国の菊の花
 Yahoo知恵袋:百合の花

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