2019/07/27

J.ハイドン / チェロ協奏曲第1番ハ長調Hob.VIIb-1より第1楽章(チェロ六重奏版)

ハイドンは全部で6曲のチェロ協奏曲を作曲したといわれているが、紛失や偽作のため今では2曲が残っている。1番は1961年にプラハで楽譜が発見され、一気に知られるようになり、今ではチェロレパートリーとして定着している作品。今回はその1番より第1楽章をチェロ六重奏版でお届けする。

第1楽章は協奏風ソナタ形式の楽章、ソロとトゥッティを鋭く対比させており、バロック時代のリトルネロ形式の痕跡が残る。
オーケストラのトゥッティでCdurの和音から華やかに躍動感ある第1主題が演奏され、第2主題は第1ヴァイオリン(1stチェロ、2ndチェロ)を中心として緩やかに下降する。再度トゥッティで小結尾のメロディが演奏され、オーケストラの呈示部が終わる。続いて独奏呈示部になり独奏チェロが登場する。

展開部では,まず属調で両主題と小結尾のメロディが演奏され、続いて独奏チェロが技巧的に呈示部の素材を発展させていく。再現部も独奏チェロ中心に進行し、カデンツァの後、トゥッティによる華やかなコーダで結ばれる。

2019/07/23

C.サン=サーンス / 動物の謝肉祭(木管五重奏版)

世の中の数ある曲の中には、それが意図するかしないかはさておき「子どもでも聴くことができるクラシック音楽」というものが存在しています。
この動物の謝肉祭も、子どものためのコンサートで演奏されるのをいくつか目にしたことがありますが、動物にちなんだ楽曲のタイトルが一見「わかりやすく」思われるのと、14曲ある曲が全て2分程度以内で終わる…(余談ですが、某国営放送局の幼児番組の歌も1曲2分程度で終わるのがほとんど)というのがその所以なのでしょう。

元々は批評家たちの非難により疲れてしまったサンサーンスが、滞在していた友人のチェロ奏者のホームコンサート向けに(気晴らしの意味も含めて)作った組曲です。
単純な「子ども向け」の枠に収まるものではなく、自分を攻撃した批評家や世相への皮肉や既存の曲のパロディがたっぷり含まれており、本人の意図もあり生存中は発表・出版はされませんでした。(ただし、生粋の自作曲である白鳥は生前に発表も出版もされています) 

とはいえ、この曲のテーマとして描かれる「動物」達は大変魅力的で老若男女問わずとっても親しみやすい曲となっております。
本日取り上げる木管5重奏版も含め様々な編成での編曲もあり、(作曲家の意図に反して?)多くの場面で演奏される「クラシックの名曲」として親しまれています。
序奏から終曲までたくさんの動物が出てきます。ライオン、にわとり、亀、象、カンガルー、耳の長い動物(ぜひ想像してみてください!もしかしたら件の「耳の肥えた」批評家たちを皮肉っているのかも。。。)、カッコウ、ヒト(ピアニスト)、ガイコツ(化石)、白鳥…ちなみに、本来は一緒にいるはずであったラバはどこかに走って逃げてしまい、水族館はホールなので水槽持ち込みの許可を得ることができず、大きな鳥籠は空っぽになってしまいましたとさ。

この曲の演奏会

2019/07/18

F.プーランク / ピアノ、オーボエとファゴットのための三重奏曲 FP.43

「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」

近代日本の文芸評論家、小林秀雄は著書「モオツァルト・無常ということ」で語っています。
短い生涯で紡がれた作品群には、ト短調で作られた名曲が3曲…交響曲第25番・第40番・弦楽五重奏曲第4番。先の言葉は弦五の第一楽章についての著述ですが、今回プログラム最後にお届けする25番は、まさに「疾走するかなしみ」そのものが冒頭から駆け抜けるよう。

プーランク(1899-1963)は生粋のパリジャンで、フランス6人組のなかでもミヨーと並び日本でも親しまれている作曲家であり、ピアニストでもあります。
声楽・室内音楽・管弦楽・宗教的楽劇・オペラ・バレエ音楽、と多様なジャンルの楽曲を作曲し、その作風から「軽妙洒脱」「ガキ大将と聖職者が同居している」「天真爛漫なメロディー、あふれるユーモア、そして表面上のオトボケの向こう側に、ためらいがちな悲しみが漂う」、そして親しみやすく旋律豊かな「フランスのモーツァルト」とも評されます。
が、共通しているのは、親しみやすい旋律…だけではない面もあります。
前述の「モオツァルトの疾走するかなしみ」。
これにプーランクを重ね、『疾走するアレグロによって、都会人の孤独や憂愁を描くことができたのは、モーツァルトと、他にはただひとり、プーランクのみ』という評もあるようです。
奇しくも今回のプログラムで その「疾走するかなしみ」モーツァルトのト短調のシンフォニーと、プーランクのアレグロを通り越してプレストに加速している現代人のかなしみとの両方を同時期に取り組んでいることで、この「モーツァルトとプーランクのみ」という評を「なるほど、うまいことをいうなあ!」と感嘆しながら、確かに他に無い、高揚感を伴う そのかなしみを味わい楽しんでいます。

プーランクの方が景色や場面が目まぐるしく変わるのは、馬車の時代と自動車の時代の違いでしょうか。
この曲の作曲は1926年、プーランク27歳ながら比較的初期の作品。第一次世界大戦の後の戦間期。カフェ、映画、電話、キャバレー、シャンソン、アール・デコ、ワインとタバコとコーヒー。
喧噪の街を笑いながら駆け抜けるかと思えば、カフェで誰かと向き合って、目を見ながらアツく語ったり、はたまた そっと目を伏せながら語ったり。
そんな場面が映画のワンシーンのように浮かんでは流れていくようです。

急-緩-急の3つの楽章から成り、第一楽章 Prestoは、呼びかけ語りかける序奏のあとから、まさに目まぐるしく疾走。
若者の夜は忙しいですね。
第2楽章 Andanteは「特にこの楽章がたまらなく好き」という声も多い、胸を打つメランコリックな旋律が美しい曲。
一転して第3楽章 Rondoは、この曲を献呈しているファリャの《恋は魔術師》のメロディがテーマとして使われているのも特徴的で、中間部では18歳から3年間従軍していた経験を思い起こさせるようなミリタリー風の表現もみられます。
完成し献呈されたときファリャは健在で、本曲をとても気に入ったと伝えられています。

ピアニストであり、また歌と詩をとても好んだプーランクですが、管楽器への愛着も見逃せません。
室内楽曲の一覧には、管楽器のための作品が圧倒的に多くみられます。このトリオでは、珍しく洒脱な装いで夜の街に繰り出すダブルリードの2人を、遊びなれたピアニストがエスコートしていきます。洒落っ気、快活、軽やか、洗練、ユーモアとヒューマニティ、そしてメランコリィのひしめくパリの、なんともいえず楽しい音楽です。


この曲の演奏会

2019/07/16

F.メンデルスゾーン-B / ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 作品49

メンデルスゾーンと同じ時代に活躍したシューマンに「ベートーヴェン以来、最も偉大なピアノ三重奏曲」と言わしめた、メンデルスゾーンの作品の中でも最も人気のある一曲。メンデルスゾーンはモーツァルトに負けず劣らずの天才であったと言われ、また同じく夭逝した作曲家でもあり、この曲も彼の短い人生の中では後半に書かれている。

1楽章:冒頭チェロの奏でるメインテーマで静かに始まり、様々に形を変えて発展する。再現部では高音から降りてくるヴァイオリンの対旋律が美しい。

2楽章:ピアノと弦が対話する、素朴な無言歌。メンデルスゾーンの代名詞ともなっている無言歌だが、当時彼の名を借りて活動していた姉ファニーの考案とも言われている。(実はファニーの方が才能があったという説もある)
3楽章:軽やかに駆け抜ける、明るいスケルツォ。
4楽章:どこか民族的な印象を受けるフレーズが絶え間なく繰り返される。初版から第2版に改訂された際に大きく手が加えられ、ピアノのヴィルトゥオーゾ(超絶技巧)要素が強くなった。

シンプルな曲構成を理由に室内楽の入門曲として取り上げられるが,一方で圧倒的な音数にピアニストが頭を抱える曲としても有名。自身もピアノの名手であったメンデルスゾーンこだわりの一曲となっている。

2019/07/15

F.クライスラー / ベートーヴェンの主題によるロンディーノ・L.v.ベートーヴェン / ロンド ト長調 WoO.41

オーストリア出身のヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーは幼少より「神童」呼ばれ、一時は医学を学んだり陸軍でも昇進するなどの意外な面もあったりする。
活動の場はヨーロッパからアメリカに移り、ハリエット・リースと結婚すると彼女の敏腕マネージャとしての支えが音楽家としての大成の一因ともなったらしい。
演奏だけではなく作曲家としてもいくつかの作品を残しており、「愛の喜び」「中国の太鼓」などはヴァイオリン教室の発表会でのレパートリーとしても親しまれている。

作曲した曲には●●の様式(主題)と名付けられてものが残されており、のちにこれらの作品はクライスラーのオリジナルであることが公表された。
当時はそれなりに騒動になったようだが、現代でもそのままのタイトルで演奏されている。クライスラーは旅行先で発掘・発見した知られていない曲を取り上げたり、先達の様式とした作品により古典作品への関心がおきたりと賛否あるエピソードだ。

そんな中、この「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」は実際に編曲元となる作品がある。
何曲かあるベートーヴェンの「ロンド」のうち、その中でもっとも知名度がないであろうWoO.41がそれにあたる(WoOとはWerke ohne Opuszahl=Works without Opus number、つまり作品番号のない作品の意味)。
原曲はどちらかと言えばピアノの比重が高い作品であるが、確かに同じ主題をもつ曲であることはすぐにわかる。
作曲が1792年であるからハイドンに弟子入りをしたころ、Opus付きの作品であればOpus1となるピアノ三重奏などと同時期にあたるが作曲の背景などの情報はあまりない作品で、おそらくは習作として残した作品と思われる。

クライスラーが発見(採用?)しなければもっと知られることのなかったであろう作品であるが、きっとこうした作品を重ね1798年にはヴァイオリン・ソナタ第1番Op12へとつながったのかと若きベートーヴェンの姿を思い浮かべてみるのは悪くない小品だ。

2019/07/11

R.シューマン / 4本のホルンのためのコンチェルトシュテュック

音楽史上はロマン派前期にあたる1820年代〜1840年代は、産業革命の影響を受けて、楽器製造に対しても数々の技術上の革新が現れた時期でした。
中でも、ホルンやトランペットを始めとする金管楽器は、バルブ装置の発明により、いくつかの音しか出せない信号ラッパ(※1)の延長から、弦楽器や木管楽器と同じく自由に音階を奏でられる楽器へと進化を遂げ、作曲家の音のパレットは大きく広がりました。

(※1 バルブ装置のない金管楽器を自然(ナチュラル)管と言います。ベートーヴェンやモーツァルトの時代の作品はほぼ全て、自然ホルン(トランペット)を想定して書かれています。ちなみに、本日最後のプログラムのモーツァルトの交響曲第25番では、複数の管長の自然ホルンを組み合わせて、自由に音階を奏でられない楽器にメロディを演奏させようとした作曲家の工夫が楽譜に記されています。バルブホルンで演奏する現代のオーケストラでは、その技巧を直接耳にすることは困難で、ただホルンがぎこちなく聴こえてしまうだけかもしれません)

そうした金管楽器、特にホルンの変化に大きな関心を持った作曲家に、シューマンが挙げられます。彼の作曲した交響曲(※2)では、曲により、または楽章により、バルブホルンと従来の自然ホルンを組み合わせて使用することで、表現の広がりを企図していることが確認できます

(※2  第3番「ライン」など。これも現代のオーケストラでは ... 以下略)


シューマンは、黎明期のバルブホルンの為に、2つの独奏曲をプレゼントしました。
そのうちの1つが、「アダージョとアレグロ op.70」(チェロ等の独奏版でも有名)であり、もう1つが本日演奏する「4本のホルンと管弦楽のためのコンチェルトシュトゥック op.86」です。

本曲は、新しい楽器の可能性を前にした作曲家の興奮と想像力の高まりが楽器の、そして演奏者の限界を超えてしまったかのように、4本の独奏ホルンに大変難しいソロパートが与えられており、中でも1番ホルンは後年のR.シュトラウス(※3)やストラヴィンスキーもかくや、という高音域を「ほぼ休みなく」演奏しなくてはいけません。

(※3 本曲で数回登場する最高音のAの音は、R.シュトラウスの「家庭交響曲」での使用例がありますが、通常のオーケストラ曲ではまず使用されません)

アマチュアでの演奏も、そしてピアノ伴奏での演奏も珍しいのですが、素晴らしいピアノ奏者をお迎えしてお送りする本日の演奏、ピアノ独奏(※4)で聴きたかった、と思われないように、シューマンの独特の詩情と、時々現れる狂気と隣り合わせのような祝祭的な雰囲気をホルンのハーモニーで奏でたいと思います。どうかお楽しみください。

(※4ちなみに本曲には作曲家自身によるピアノ協奏曲版もあります)


この曲の演奏会

2019/07/06

W.A.モーツァルト / 交響曲第25番 ト短調 K. 183 (173dB)

映画「アマデウス」は1984年ともう30年以上前の作品で、サリエリとの確執を題材にモーツァルトを描きアカデミー賞を受賞した。もちろん映画なので様々な演出があるわけだが、モーツァルトをあまりに奇抜な人物として表現した作風は一部のファンからクレームがあったらしい。
サリエリもこの映画ですっかり悪役の印象を持たれてしまったが実際にはモーツァルトを評価し、その他にも音楽家を支援したりした人物で、最近になってようやく作品も評価されてきた。そのあたりはお話の演出として、クラシック愛好家としてはネヴィル・マリナーがアドバイザーとして参加したこと、さまざまに使われた作品のうち導入部でのこの交響曲第25番の印象が記憶に残っているのではないだろうか。

モーツァルトの短調と言えばやはりト短調で、この第25番はのちの第40番と比較されるように41曲のうちわずか2曲の短調の交響曲だ。
「小ト短調」などと呼んだりもするが、天才肌の作曲家にしては感情むき出し、情熱的な曲調が長く愛されている。冒頭は「アマデウス」だけではなくTVでもしばし用いらているのでどこかで耳にすることも多いのだが、編成が小さいだけにアマチュアオーケストラではあまり取り上げられず全曲を通して聴く機会は第40番と比べると少なくなる。
しかしながら演奏してみると情熱的な1楽章にはじまり、牧歌的な2楽章、決意を示すような3楽章からフィナーレ、どれもそれまでの作品とは一線を画し、演奏をしていても鳥肌が立ってしまうような名作だ。

引退間際の作曲家が悟りの境地で残したのではなく、これを18歳で書いてしまうのだから本当に”天才”と呼ぶにふさわしい人だとまたしても唸らせれてしまう。

この曲の演奏会
室内楽演奏会vol.12

2019/07/02

A.ドヴォルジャーク / ピアノ四重奏曲第1番 ニ長調 Op. 23

スメタナ、フィビヒと並んで、ボヘミア楽派を創始、確立した大作曲家であるドヴォルジャーク(1841年9月8日 - 1904年5月1日)。交響曲の分野でも、ブラームス、ブルックナー、チャイコフスキーにつぐ19世紀の後半では有数の作曲家の一人であったが、室内楽に関してはブラームスにつぐ当時、第2の大作曲家であったといえる。ドヴォルジャークは室内楽を最初の交響曲よりも4年も前から書き始め(1861年)、9つの交響曲を書き終えた後もなお2年半あまりの間(1895年)、室内楽の作曲を続けた。その間に書かれた室内楽曲は、完成された形で現存する多楽章の作品だけでも32曲にのぼる。

その中から今回はピアノ四重奏曲第1番をお届けする。この曲は1875年に作曲されたものであるが、これまでのシューベルト、ワーグナー、リスト、スメタナなどの影響を受けた作風から、ドヴォルジャーク独自の良さが発揮されるようになった時期である。この頃ドヴォルジャークはオーストリア政府の芸術家のための国家奨学金の受賞者に選ばれており、不安定な生活から脱却できただけではなく、審査員のブラームスから才能を見出されその後の人生に大きく影響を与えた転機となる時期でもあった。


第一楽章 Allegro moderato
冒頭からメロディーメーカーとして面目躍如な導入は美しく、しかしどこか寂しさ、愁いを含む。全曲を通して劇的な盛り上がりを聴かせるのではなく、牧歌的な美しさ、望郷の思い、そしてふと思い出す旧友とのエピソードが感じられる。

第二楽章 Andantino, con Variazoni
変奏曲形式となっており、5つのバリエーションとコーダから成り立っている。民族音楽的なテーマが、それぞれのバリエーションで美しくかつ異なる表情を体験させてくれる。
第三楽章 Finale
優雅な美しいメロディと活気ある急速なテンポを伴う曲調が交互に現れる、気分の変化の表現を特色とするスラブ民謡の形式を用いた楽章となっている。終盤は弦パートとピアノが異なる拍子で音楽が進み(2/4と6/8、その後入れ替わり6/8と2/4になる)、巧みな遊び心のあるエンディングとなっている。