「告別」、ドイツ語ではAbschiedssinfonie、直訳すれば「別れの交響曲」。
タイトルだけ聞くといささか縁起の悪い名前かもしれない。
しかしながら知る人ぞ知るこの曲は100を超えるハイドンの、そして後世の楽曲からしてもユニークな曲だ。
ハイドンのパトロンであるエステルハージ候の避暑地に楽団員とともに訪れていた。いつになく滞在が長引くと家族と離れ離れになる楽団員からの不満も高まり、そこでハイドンが趣向を凝らした、というエピソードがこの曲の背景だ(離宮が狭く楽団員は単身赴任だったようだ)。
第1楽章、嬰ヘ短調は憂い、悩み、孤独を感じさせる調性は「シュトゥルム・ウント・ドラング」、疾風怒濤の時期でもあり緊迫した音楽から始まる。特徴的なのは展開部で、全休止の後曲調が急に穏やかになる。ソナタ形式の第二主題のような位置付けだが、冒頭の緊迫した音楽からすると実に違和感がある。
この違和感こそがハイドンの”布石”ではないかと思ってしまうところだ。
第2楽章は陽気なイ長調で作曲されているが、この曲もまたどこか違和感を感じさせる。
一見美しい音楽と、反復される動機はいつしか瞑想感、要するに眠気を感じさせながらところどころに不協和音が盛り込まれ音楽に浸ることを故意に妨げているのではないだろうか。
第3楽章は不完全燃焼した第2楽章から一転楽しげなメヌエット楽章、と思わせておきながら嬰ヘ長調、つまりシャープが6個もつけられており、大変演奏しにくい楽章だ。そしてまたもやすっきりせず不満が募っていく。
第4楽章。
ようやくここまでのハイドンの仕掛けが活きてくる。
再び決然とした音楽からはじまり、疾風怒濤の音楽が流れていく。これぞハイドンだ、とエステルハージ候も思ったことだろう(推測)。やがてやや短いものの力強い終結を迎え・・・ここから「告別」がはじまる。
曲はadagioの癒しの音楽へと変わり、そして楽団員がひとり、またひとりとステージから去っていくのである。これにはエステルハージ候も驚いたことだろう。
第3楽章までの中途半端な違和感の音楽はこの演出のためだったのかもしれない。
最後には第3楽章と同じ嬰ヘ長調へと転調し(弾きにくい!)、2人のバイオリン奏者が最後に残され、曲は終結を迎える。
観客も拍手をしたものか迷うような最後であるが、エステルハージ候は正しくこの曲の意図を汲み、翌日には帰路に着いたとされる。
余談であるが、1つ前の第44番には「悲しみ」のタイトルがつけられている。
こちらは正真正銘悲しみに満ち、ハイドンは自身の葬儀の際に演奏されることを望んだ曲である。