この作品は1786年8月5日、ウィーンで作曲されました。モーツァルトは親しい友人や演奏家のために多くの作品を残しており、この「ケーゲルシュタット・トリオ」もそうした作品の一つだと考えられています。初演では、モーツァルトの友人でピアノの生徒だったジャカン家の令嬢がピアノを、モーツァルト自身がヴィオラを、クラリネットは当代随一の名手だったアントン・シュタードラーが演奏したという逸話があります。
なお、「ケーゲルシュタット・トリオ」とは広く定着した愛称ですが、モーツァルト自身が与えたものではないというのが通説です。ケーゲルシュタットとはドイツ語で、「ケーゲルン(ボウリングのようなゲーム)」を行う場所、といった意味の語で、同時期に書かれた管楽器のための作品(12の二重奏)の自筆譜に「ケーゲルンをしながら」と残っていたことから混同されたのでしょうか。しかしながら、この作品の持つ伸びやかさや遊び心を感じさせるネーミングで、言いえて妙な感じは多分にあります。編成としてかなり特殊な作品にもかかわらず演奏頻度が高いのは、曲そのものの魅力はもちろんのこと、愛称を与えられたことも、その理由の一助となっているのかもしれません。
曲は、澄みわたるような長調で紡がれるフレーズをベースに、内省的な短調のフレーズを織り交ぜた3つの楽章からなります。各パートとも随所に見せ場があり、趣向を凝らして書かれた作品だといえるでしょう。
この曲の演奏会
・室内楽演奏会vol.10