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2014/10/20

L.v.B.室内管弦楽団第33回演奏会

L.v.B.室内管弦楽団第33回演奏会

2015年3月8日(日) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール
13:30 開場 14:00 開演
全席自由 1,000円(前売800円)

指揮:
 広井 隆

曲目:
 L.v.ベートーヴェン/序曲《コリオラン》作品62
 W.A.モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調 K.543
 G.U.フォーレ/パヴァーヌ 作品50
 G.ビゼー/交響曲ハ長調


室内オーケストラらしい、充実のプログラム。 モーツァルトの晩年の傑作第39番と若きビゼーの交響曲の聴き比べをお楽しみください。

39番は40・41番並ぶモーツァルトの最高傑作の一つ。
40番や41番ほど神秘的な曲ではなく、リラックスして楽しめる名曲です。

一方ビゼーは「カルメン」でオペラ作曲家として知られていますが、この交響曲を10代で書き上げています。小編成で古典の香りのする交響曲ですが、ビゼーらしい明るさに溢れる愛らしい曲です!

お問い合わせ:
 メールでのお問い合わせ
チケットの取り扱い:
 芸術劇場チケットセンター(042-360-4044)
 イープラス

会場アクセス:
 東府中駅(新宿駅から約25分、京王八王子駅から約20分)北口下車 徒歩7分

2014/10/14

F.P.シューベルト/交響曲第8番ハ長調 D944《大交響曲》

"The Great"

譜面にさりげなく記されたその単語に、ただならぬ気配を既に漂わせています。

もっとも真相は同じくハ長調の交響曲が第6番にもあるため、「大きな方のハ長調」という程度で、「偉大なる交響曲」とかそんなロマンティックな意味はないようです。

モーツァルトのト短調は第25番と第40番があります(第25番は映画「アマデウス」の冒頭に用いられた曲ですね)。
こちらは第25番を「小ト短調」、第40番を「大ト短調」と俗称で呼ぶのと同じようなものでしょうか。

しかしながら我々アマチュア演奏家に取って「グレート」と言えばこのシューベルトの第8交響曲を指すことは間違いなく、そこには「大きなだけ」ではなく少なからぬ畏怖の念が込められています。

まずはかのロベルト・シューマンが「天国的な長さ」と評した曲の長さです。
50分超という時間はベートーヴェンの第9(74分)やマーラーやブルックナーの交響曲には及びません。
しかしながら1155小節もの終楽章はほとんど息つく間もなく駆け抜けることになる為、肉体的・精神的なタフさはこの「グレート」により求められます(マーラーやブルックナーは1時間を越えるのですが途中ながーい休みがあったりますので)。

体力だけではなく、演奏上もなかなか難しい曲です。
これまた終楽章はおそらく歴史上数多くの弦楽器奏者を泣かせたであろうパッセージがでてきます。
難しい箇所は1回だけであればミスをしても精神的ダメージは軽く済むのですが、シューベルトは親切にも3回繰り返して書いてくれています。
最初にミスをしても立ち直る時間もなく2回目3回目と来ると・・・なかなか追い込まれますね。


さて、通常はフル・オーケストラで演奏されるこの「グレート」ですが、第30回のブラームスの第4番に続きあえて室内オーケストラで取り組んでみました。
プロオーケストラでもヨーロッパ室内管弦楽団をはじめスウェーデン室内管弦楽団、蜜室内管弦楽団などでも取り上げられていることと、「シューベルティアーデ」なる言葉があるように室内楽や歌曲にシューベルトの原点を求め、室内オーケストラによる「グレート」の取り組みも面白いのではないかと思います。


シューベルトはかのサリエリに師事して作曲を学び、先達であるベートーヴェンをとても尊敬していました(「グレート」の終楽章中間部には「歓喜の歌」の旋律が用いられています)。
サリエリが教材にしたハイドンやモーツァルト、それから尊敬するベートーヴェンともまったく違う、シューベルトらしい曲を残していますが、当時のシューベルトはやはり「歌曲の作曲家」の印象が強かったのか生前にはほとんど交響曲が演奏されることはなかったようです。
この「グレート」に至っては楽譜を献じられたウィーン楽友協会が演奏することもなく、10年以上経ってシューマンが文字通り「発掘」し、メンデルスゾーンが初演することがなかったら・・・人類にとってどれだけ大きな損失であったことでしょうか。

シューマンやメンデルスゾーンの功績はもちろん、10年以上もシューベルトの遺品を守った兄・フェルディナントに後世の人間はどれほどの感謝をするべきでしょうか!


注)
最近利用されるベーレンライター版には"The Great"の表記はなかったりします。
これは最初に出版した際に出版社が勝手に付けたから、とのことですが、それにしてもよいタイトルをつけてくれたものです。

2014/10/13

演奏会履歴(第21〜25回)

第21回演奏会
2010年3月13日(土)
 川口リリア 音楽ホール 指揮:広井 隆

 W.A.モーツァルト/「フィガロの結婚」序曲 K.492
 W.A.モーツァルト/交響曲第38番《プラハ》 ニ長調K.504
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第5番《運命》 ハ短調作品67
 G.フォーレ/パヴァーヌOp.50(アンコール)

第22回演奏会
2010年10月16日(土)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆

 L.v.ベートーヴェン/序曲「コリオラン」 作品62
 F.F.ショパン/ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21 -生誕200周年-
 F.メンデルスゾーン-B/交響曲第4番《イタリア》イ長調作品90
 O.レスピーギ/リュートのための古代舞曲アリア第3組曲より「イタリアーナ」(アンコール)


第23回演奏会
2011年4月23日(土)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆

 G.プッチーニ/菊
 J.ロドリーゴ V./アランフェス協奏曲(独奏:西垣 林太郎)
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第3番《英雄》変ホ長調作品55
 J.S.バッハ/管弦楽組曲第3番より「アリア」 (アンコール)

第24回演奏会
2011年9月25日(日)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆

 G.U.フォーレ/組曲《マスクとベルガマスク》 作品112
 W.A.モーツァルト/交響曲第41番《ジュピター》 ハ長調 K.551
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調作品21
 W.A.モーツァルト/交響曲第1番より第2楽章(アンコール)
 W.A.モーツァルト/ディベルティメントK.136より第1楽章(アンコール)

第25回演奏会   
2012年3月24日(土)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
 
 E.A.Lサティ/いつも片目を開けて眠るよく肥った猿の王様を目覚めさせる為のファンファーレ
 E.A.L.サティ/組み立てられた3つの小品
 C.C.サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調 作品61
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第8番 ヘ長調 作品93
 F.ディーリアス/「春初めてのカッコウを聞いて」(アンコール)

演奏会履歴(第16~20回)

第16回演奏会
2007年11月3日(土)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆

 F.T.A.ディーリアス/小オーケストラのための2つの小品
 M.C.F.ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調作品26(独奏:印田 千裕)
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第7番 イ長調作品92
 W.A.モーツァルト/歌劇「皇帝ティートの慈悲」より序曲(アンコール)


第17回演奏会
2008年4月13日(日)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆

 W.A.モーツァルト/序曲「後宮からの誘拐」K.384
 W.A.モーツァルト/交響曲 第35番「ハフナー」ニ長調K.385
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」ヘ長調作品68
 ヨハン・シュトラウス2世/アンネン・ポルカ(Annen-Polka) Op.117(アンコール)

第18回演奏会
2008年9月23日(火・祝)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆

 A.オネゲル/「夏の牧歌」
 R.シューマン/ピアノ協奏曲イ短調作品54(独奏:岸 美奈子)
 L.v.ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調作品60
 W.A.モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」より序曲(アンコール)


第19回演奏会
2009年3月1日(日)
 川口リリア 音楽ホール 指揮:広井 隆

 L.v.ベートーヴェン/序曲《エグモント》 作品84
 W.A.モーツァルト/交響曲 第36番《リンツ》 ハ長調K.425
 F.メンデルスゾーン-B/交響曲第3番《スコットランド》 イ短調作品56
 E.エルガー/「愛の挨拶」(アンコール)

第20回演奏会   
2009年9月26日(土)
 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
 
 L.v.ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
 J.ブラームス/交響曲第1番ハ短調作品68
  独奏・ゲストコンサートマスター:印田 千裕)
 W.A.モーツァルト/セレナーデ第7番《ハフナー》より「ロンド」

演奏会履歴(第11~15回)

第11回演奏会
  2005年4月2日(土) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
  モーツァルト/歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」序曲 K.588
  W.A.モーツァルト/ファゴット協奏曲変ロ長調 K.191(独奏:宮永 康史)
  グリーグ/「2つの悲しき旋律」 作品34
  L.v.ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調 作品93
  G.H.v.ホルスト/「セント・ポール組曲」より"オスティナート"(アンコール)
第12回演奏会
  2005年10月9日(日) 府中の森芸術劇場ウィーンホール 指揮:広井 隆
  モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527~第一幕より抜粋
   独唱:
    岩崎 恭男(ドン ジョヴァンニ)
    後藤 百映(ドンナ アンナ)
    太田 賢二(ドン オッターヴィオ)
    尾崎 美代子(ドンナ エルヴィラ)
    須山 智文(レポレッロ)
    安東 玄人(騎士長/マゼット)
    尾畑 里美(ツェルリーナ)
  W.A.モーツァルト/「Ave verum corpus」ニ長調、K.618(アンコール)
  L.v.ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調 作品21
第13回演奏会
  2006年3月21日(火・祝) 川口リリア 音楽ホール 指揮:広井 隆
  L.v.ベートーヴェン     ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61(ヴァイオリン:三浦 章広)
  J.ブラームス/「セレナーデ第1番ニ長調 作品11」
  B.ブリテン/「シンプルシンフォニー」より第2楽章「Playful Pizzicato(おどけたピッツカート)」(アンコール)
第14回演奏会
  2006年10月8日(日) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
  バルトーク.B/ルーマニア民俗舞曲Sz.68
  L.v.ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37(独奏:岸 美奈子)
  F.P.シューベルト/交響曲第7番「未完成」D.759
  F.P.シューベルト/劇付随音楽「ロザムンデ」D.797(作品26)より第2曲「バレエ音楽」(アンコール)
第15回演奏会
  2007年3月31日(土) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
  E.エルガー/弦楽セレナード ホ短調作品20
  S.S.プロコフィエフ/古典交響曲 ニ長調作品25
  L.v.ベートーヴェン/交響曲第3番 変ホ長調「英雄」作品55
  J.S.バッハ(L.ストコスフキー編曲)/アリア(アンコール)

演奏会履歴(第6~10回)

第6回演奏会
  2002年10月14日(月・祝) 府中の森芸術劇場ウィーンホール 指揮:広井 隆
  L.v.ベートーヴェン/序曲「コリオラン」作品62
  F.メンデルスゾーン-B/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(ヴァイオリン:印田 千裕)
  L.v.ベートーヴェン/「交響曲第1番ハ長調 作品21」
  G.F.ヘンデル/組曲「水上の音楽」、「HORNPIPE」より(アンコール)
  W.A.モーツァルト/「ディベルティメントK136(125a)」より第1楽章(アンコール)
第7回演奏会
  2003年4月5日(土) 川口リリア 音楽ホール 指揮:広井 隆
  W.A.モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」K.492 序曲
  R.ワーグナー/「ジークフリートの牧歌」
  L.v.ベートーヴェン/「交響曲第7番イ長調 作品92」
  J.シベリウス/戯曲「クオレマ」Op.44より「悲しきワルツ」(アンコール)
第8回演奏会
  2003年10月18日(土) 川口リリア 音楽ホール 指揮:広井 隆
  L.v.ベートーヴェン     ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61(ヴァイオリン:三浦 章広)
  J.ブラームス/「セレナーデ第1番ニ長調 作品11」
  B.ブリテン/「シンプルシンフォニー」より第2楽章「Playful Pizzicato(おどけたピッツカート)」(アンコール)
第9回演奏会
  2004年4月17日(日) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
  W.A.モーツァルト/歌劇「劇場支配人」序曲 K.486
  L.v.ベートヴェン/ロマンス第2番ヘ長調 作品50
  F.ディーリアス/”春を告げるかっこうを聞いて”(「小管弦楽のための2つの小品」より)
  L.v.ベートーヴェン/「交響曲第5番ハ短調 作品67」(ベーレンライター校訂新版)
  E.エルガー「弦楽の為のセレナーデ」より第3楽章(アンコール)
第10回演奏会
  2004年10月11日(月・祝) 府中の森芸術劇場 ウィーンホール 指揮:広井 隆
  L.v.ベートーヴェン/「ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品15」(ピアノ:岸 美奈子)
  F.メンデルスゾーン-B/「交響曲第5番ニ短調 作品107<<宗教改革>>」
  F.メンデルスゾーン-B/劇付随音楽「夏の夜の夢」作品61より第7曲「夜想曲」(アンコール)

L.v.ベートーヴェン/六重奏曲作品81b

 ベートーヴェンの室内楽と言えばやはり弦楽四重奏です。
 音楽家にとってはバッハの平均律クラビーア曲集が旧約聖書、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲が新約聖書だ、とまで言う人もいるぐらいの存在感があり、前期・中期・後期それぞれの作品群はいずれも名曲ぞろいです。
 他には「大公」「幽霊」などピアノ三重奏曲も人気があるでしょうか。
 一方でこのヴァイオリン、ビオラ、チェロ、そして2本のホルンのための六重奏曲はその存在を知っている人も稀ではないでしょうか。活躍するホ ルン奏者にはもしかしたらそんなことはないかもしれませんが、「六重奏曲」と聞けばブラームスの弦楽六重奏曲を思い浮かべる人の方が多いかもしれません。
 作曲されたのは1795年頃です。
 作品番号では運命の作品67よりも後、「エグモント」作品84の前なのですが年代はもう少し遡り、交響曲や弦楽四重奏曲の第1番よりも前の作品です。
 同時期には有名なピアノソナタ「悲愴」が作曲され、まだ10代のベートーヴェンが駆け出しのピアノ・ヴィルトーゾ奏者として活動していた時期にあたります。
 室内楽演奏会のプログラムであるモーツァルトのオーボエ四重奏曲とほぼ構成が同じであることから分かるように、この時代のベートーヴェンはまだまだ古典音楽の枠組みをでていません。
 しかしホルンの限界に挑むかのような内容は若き楽聖の力作であったはずです。ベートーヴェンはボンで過ごしていた時代にホルン奏者のジムロック(後に楽譜の出版社として成功します)にホルンの演奏を習ったことがあるそうですからきっとその経験が生かされたことでしょう。
 ベートーヴェンは管楽器のためのソナタを1曲だけ残していますが、それもホルンのための作品です。「英雄」や交響曲第7番をはじめオーケストラでも活躍しますし、ホルンは楽聖にとって思い入れのある楽器であるようです。
 ホルン奏者に聴いてみると1stホルンはとにかく音が高いそうです。
 そして2ndホルンに至ってはバイオリンと同じ分散和音や細かいパッセージがでてきます。最初はホルンで、次はバイオリンで・・・と音色の違いなどを考えているのでしょうが、ホルンの吹けない弦楽器奏者から見ても大変なことは分かります。
 こうした演奏できないのではないか、という個所は後期の作品でも出てきますから、楽聖ベートーヴェンは若いころから妥協なき作曲に取り組んでいたのだ、ということかもしれません。

佐藤眞/混声合唱とオーケストラのためのカンタータ「土の歌」

「母なる 大地の 懐に〜♪」

学生時代、合唱の授業やコンクールで歌った方も多いでしょうか。
この「大地讃頌」は1962年に作曲されたカンタータ「土の歌」の終曲です。

カンタータは全部で7曲からなっていますが、「大地讃頌」は定番曲として独立して歌われることも多い名曲です。

しかし、その終曲に至るまでの歌詞・テキストがあってこの曲の本当の魅力が分かるはずです。


第1曲:「農夫と土」
畑に種をまき、育てる農民の生活を歌っています。
中間部は朝のさわやかな気持を表すかのように弾んでいますが、牧歌的な導入です。

第2曲:「祖国の土」
大地、星空、花咲く丘、地域によってもちろんイメージする姿は異なりますが、祖国を、郷土を愛する気持が金管楽器のファンファーレに始まり歌われます。

第3曲:「死の灰」
一転して歌詞も曲調も暗いものとなるこの曲は、戦争の愚かさを嘆く悲痛な叫び、死の灰とはもちろん広島・長崎に落とされた原爆への嘆きを歌います。

第4曲:「もぐらもち」
スケルツォのような軽快さはありますが、土に潜り目の見えないもぐらは戦争の愚かさを知る由もありません。
しかし「死の灰」をおそれる人間が地に潜ってでも逃げようとする姿をもぐらの視点から描いた歌詞は人間の愚かさを強調しています。

第5曲:「天地の怒り」
人間がどれほど科学を研究し、生物の頂点と奢っても、天災の前には無力です。
大雨、洪水、雷、火山、畑を耕す農民にも、死の灰を恐れる人間にも大地は時として凶暴な怒りを向けることになります。

第6曲:「地上の祈り」
自然の怒りに晒されたとしても、それでも人間は大地で生きています。
例えば大雨の後の虹を美しいと感じます。
時には恵みを、時には災害をもたらす自然と人はどのように向かい合うのか、科学の発展や戦争で傷つけた大地を前に何を考えるのか、そんなメッセージがあるのではないでしょうか。

第7曲:「大地讃頌」
ようやく終曲です。
遠い未来には人間は大地を捨て、宇宙に移住する時が来るのかもしれません。
しかし今の我々は大地によって生かされているのだ、その当たり前のことに気がつくべきではないか、と訴えかけます。


「大地讃頌」のみを取り上げてしまうと、綺麗な曲だけどなんだか説教臭いなと感じてしまうのですが、そこに至る6曲があってはじめて”感謝”の言葉が実感できるのではないでしょうか。

この曲はオーケストラ伴奏が原曲ですが、楽譜が一般には販売されていないこともありなかな演奏される機会がありません。
ピアノ伴奏では合唱の歌詞が中心となりますが、オーケストラ伴奏はカンタータとしての世界感がより豊かに表現された、また違う魅力のある曲となっています。

どちらが優れている、ということではないので演奏される機会があればぜひ足を運んでいただきたい名曲です。

※オーケストラ版は東京交響楽団のCDがリリースされています。

L.v.ベートーヴェン/交響曲第6番へ長調《田園》 作品68

9つの交響曲の中でもちょっと異色な作品がこの《田園》ではないでしょうか。
ハイドンやモーツァルトにもタイトルをもつ交響曲はありますが、具体的な情景描写をした最初の作品・・・と言われています。

もしベートーヴェンがこの作品により標題音楽の世界を開拓しなければ、ベルリオーズの幻想交響曲、リストの交響詩、リヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲なども生まれなかった、かもしれないほどインパクトのある作品だと思います
この曲の特徴としては各楽章にはベートーヴェンが標題をつけています。
1.「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」
2.「小川のほとりの情景」
3.「田舎の人々の楽しい集い」
4.「雷雨、嵐」
5.「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

「田園風景」というと個人的にはやはり水田が広がる風景ですが、ベートーヴェンが書いた標題は具体的などこかの風景ではなくベートーヴェンが考える情景を描いたもの、であるそうです。
ウィーンにはベートーヴェンがよく散歩をした「ベートーヴェン小径」なるところがあり、流れる小川は2楽章のイメージにもあうそうですが、都内近郊だと・・・玉川上水や等々力渓谷をイメージしています。

宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」には「第六交響曲」がでてきます。
 ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾くかかりでした。けれどもあんまりじょうずでないという評判でした。じょうずでないどころではなくじつはなかまの楽手の中ではいちばんへたでしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。
 ひるすぎみんなは楽屋にまるくならんでこんどの町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。
この曲が実は田園だということで、作中のキーワードから推理されています。高畑勲さんが監督をしたアニメーションでは実際にNHK交響楽団の演奏が使われていていました。

「セロ弾きのゴーシュ」を読み返す機会があれば、田園をBGMにしてみるのも面白そうですね。

■参考
金聖響/「ベートーヴェンの交響曲」講談社 2007

W.R.ワーグナー/ジークフリート牧歌

「楽劇王」とも呼ばれるワーグナーの作品の中で、異色の作品とも言えるのがこの「ジークフリート牧歌」ではないでしょうか。

ワーグナーはやはり「トリスタンとイゾルデ」「ローエングリン」など大編成、長時間の作品が有名で、室内楽曲はそれほど多くは作曲されておらず、そして演奏頻度の多い曲となるとこの「ジークフリート牧歌」ぐらいだと思います。
作曲の経緯もよく知られています。

妻であるコジマの誕生日のために作曲され、誕生日の朝、自宅に集まった楽団員が階段に並んで演奏したとか。

タイトルにある「ジークフリート」は前年に生まれた二人の息子のことであるが、楽劇の「ジークフリート」にも牧歌の主題が用いられているそうです。

ワーグナーは最初ベートヴェンの後継者たることを目指したと言われます。
ブラームスの交響曲第1番が「ベートーヴェンの第10番」と評された話がよく知られている一方で、ワーグナーもベートーヴェンを尊敬し交響曲作曲をしました。

ワーグナーは「第9」の構想、歌と管弦楽の融合、メッセージ性に強く共感したようで、10代の頃にいくつかの交響曲を作曲しています(1曲をのぞき未完成)。しかしベートーヴェンの後に書くべき曲は交響曲ではないと悟り楽劇の世界を切り開いて行きます。
ベートーヴェンの後継者としてはブラームスを推す方が多いようですが、個人的には「第9」の世界を継いだのはワーグナーだと思いますので、L.v.B.でも積極的に取り上げて行きたいのですが・・・なかなか室内管弦楽団のレパートリーにはならないのが難しいですね。

J.ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲 作品56a

ブラームスの管弦楽曲では2つの序曲とこの「ハイドン・バリエーション」が演奏機会の多い曲です。完成が1873年ブラームスが40歳の時で、ウィーンに居を移した最初の作品となりました。

この曲の前の作品は作品53「アルト・ラプソディ」、作品54「運命の歌」、作品55「勝利の歌」と合唱曲が続いています。
 
若い時のセレナードやピアノ協奏曲があまり評判よろしくなく、合唱を伴う作品、作品45「ドイツ・レクイエム」や作品50「リナルド」などを経てようやく管弦楽の作品へと至った訳です。
 
そしてこの曲に続く管弦楽曲は3年後の交響曲第1番ですので、充実した内容を持つ作品となっています。
 
ブラームスにとって変奏曲という形式はとても重要なものと言われています。
バロックから用いられていたこの変奏曲の手法を用いていたこともブラームスが「保守的」と評価された一因なのでしょうか。
 
この「ハイバリ」の他にも「ハンガリー主題による14の変奏曲」「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」「シューマンの主題による変奏曲」「パガニーニの主題による変奏曲」などがあります。
 
また弦楽四重奏曲第3番やクラリネット五重奏曲にも変奏曲が含まれていますね。
さて、この曲の「ハイドン」は今では偽作とされる管楽ディベルティメントです。
原曲はオーボエ、ホルン各2、ファゴット3、コントラファゴットの八重奏ですが、木管五重奏の方が有名でしょうか。
 
このコラールが「聖アントニウスのコラール」と呼ばれているため、「聖アントニウスの主題による変奏曲」とする人もいるようですね。
 
この曲は管弦楽版の他にも作曲者自身によるピアノ版があります。
管弦楽版とはまた違った魅力的な曲に仕上がっていますので、こちらもオススメです。
2台のピアノで演奏されていますが、ブラームスとクララとで演奏したかな、などと想いを馳せながら聴いてみるのも一興でしょうか。

J.M.ラヴェル/組曲「クープランの墓」

ラヴェルの作品で人気のある作品・・・を選ぶのはなかなか大変です。

個人的には「ボレロ」と「弦楽四重奏曲」を挙げたいと思いますが、「展覧会の絵」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ダフニスとクロエ」「左手のためのピアノ協奏曲」などなど、アマオケでも数多く選曲されています(そしてどれも難しい・・・)。
 
この「クープランの墓」も人気曲の一つですし、ラヴェルは編成の大きな曲が多いのでLvBのような室内管弦楽団では重要なレパートリーになります。
 
作曲されたのが1914-1917年とされ、そのきっかけが第一次世界大戦(1914-1918年)と言われています。
 
ラヴェルは1907年の歌曲集「博物誌」(師であるフォーレには理解されなかった作品と言われます)、「スペイン狂詩曲」、「ダフニスとクロ エ」で名を挙げてつつありましたが、大戦で親しい友人を亡くしその追憶のために「クープランの墓」を書き上げる中に、さらに最愛の母親も世を去るとこの 「クープランの墓」を最後にほとんど作品を書けなくなってしまいます(母マリーの死は1917年1月、「クープランの墓」の完成が同年11月)。
 
事実、「水の戯れ」などピアノ曲で知られるラヴェルとしては早くも最後のピアノ独奏曲となっています。
 
初演でラヴェルの墓であればなおよし、と皮肉にしてはいまいちなコメントを残したメディアもあったようですが、実際ラヴェルはこの作品のあと創作意欲が極端に衰え、さらに言語障害・記憶障害を発症、交通事故で悪化させると全く作曲できなくなってしまいます。
もとはピアノ曲の「クープランの墓」は管弦楽編曲をされた際に、オーボエの難曲として(少なくともアマチュアオーケストラ奏者の間では)その名を轟かせています。
 
ピアノの原曲を聴くと実に軽やかに演奏をしているのですが、これをラヴェルの時計仕掛けのような編曲で演奏するのはかなり大変で、オーボエ奏者が泣きながらさらうのを陰ながら応援する曲となります。
 
「展覧会の絵」や「亡き王女のためのパヴァーヌ」もそうですが、ピアノ演奏も管弦楽版に劣らぬ魅力がありますので、ぜひそちらも聴いていただければと思います。

J.ブラームス/セレナード第2番 イ長調 作品16

ブラームスの作品では4つの交響曲、大学祝典序曲、悲劇的序曲、ハイドンの主題による変奏曲が人気で、若い頃に作曲された2つのセレナードは今ひとつ演奏機会が少ないようです。

とある演奏会情報サイトの演奏家別の曲目を見ていると、セレナーデ第1番が12回、第2番が4回、序曲やハイバリは・・・途中で数えるのをやめたぐらいと大きな差があります。
この差はどこから来るのか不思議なのです。
確かに若い頃の作品だけあって交響曲のような重厚な作品ではなく、【ブラームスらしさ」は感じながらも”若さ”を感じる作品です。
そもそもセレナードの曲の説明自体が、
恋人や女性を称えるために演奏される楽曲、あるいはそのような情景のことを指して使う(Wikipediaより)
とあるように人生観を表現したり、「闘争と勝利」のような重いジャンルではなかったりしますから「髭もじゃのブラームス」のイメージとはちょっと想像できないのです(でも別にロマンスと無縁の人という訳でもないですし・・・)。

では曲自体が未熟とか駄作か・・・なのですが、そんなことはありません。
そこはやはりブラームスなので若い頃とは言えしっかりとした作品を残しています。
特に第2番のAdagioは恋に悩むブラームスの姿を思い浮かべると、演奏のイメージが湧いてくる曲だと思いますし、終楽章はなんとも楽しげなロンドです(演奏の度にもう終わってしまうのか〜と)。

考えれば考えるほど人気のない理由の分からない曲ですが、こうした「隠れた名曲」を積極的に取り上げていくことでその魅力を広めていきたいなあ、と密かに思っていたりもします。

さてこの第2番、特徴はやはりバイオリンを欠く弦楽合奏であることです。
自然高音部はフルートに頼ることになるので、曲全体が落ち着いた雰囲気(あるいは地味)な印象が残ります。

交響曲などではバイオリンは結構高い音を演奏することが多いので、随分と
さて、実際に演奏する際に悩むのが楽器の配置です。

通常であれば後方に管楽器、手前に弦楽器が並びますが、一番人数の多いバイオリンがいないため配置は演奏する時に頭を悩ませることになります。

L.v.B.ではバイオリンの位置にビオラ、対向する位置にチェロとしました。
となるとビオラの首席奏者が「コンサートマスター」になります。

しかし・・・意外とビオラがアンサンブルをリードするところがなく、この配置がベストではなかったかもしれません。

ちなみに後述の動画ではフルートをコンサートマスターの位置に置き、通常のバイオリンの位置に木管楽器を並べた配置にしています。

これならば木管セクションがアンサンブルをリードすることになるので、演奏しやすいはずですが、指揮者は慣れずに苦労しそうな配置なのと、終楽章でピッコロが入ると客席に向けて音がでることになるので、今度はフルート奏者が気を使う配置なのだそうです。
なかなかうまくいかないものです・・・
 
※YouTubeのサイトに移動してご利用ください
Johannes Brahms Serenata in La maggiore, op.16

ディーリアス/2つの水彩画

L.v.B.では最近フランス音楽を取り上げることが多いようです。
このディーリアスもフランス音楽かと思われるかもしれませんが、イギリスの音楽家です。もっともドイツ系のディーリアスはアメリカで商売をして、ドイツで音楽を学んで、フランスに居を構えていました。

代表作は何度か演奏している「小管弦楽のための2つの小品」(前回の演奏会のアンコールでもありました)やチェロ協奏曲などでしょうか。
楽譜がなかなか入手できなかったり、ドビュッシーやラヴェルのような華やかさもベートーヴェンの力強さもなく、それほど知名度はないかもしれません。

しかし、ワグネリアンならぬディーリアンなどと呼ばれる愛好家がいるようで、何度か耳にしているといつしか口ずさんでしまうような親しみのある音楽だと思います。
どこか懐かしい田舎の風景が思い起こされ、人生の幸せをかみしめる曲が多く、好きな作曲家です。

この「2つの水彩画」は特定の絵画をモティーフにしているわけではありませんので、音楽に身を浸しながら思い思いの絵を描いていただければよいな、と思う作品です。
といっても2曲合わせて5分もない作品ですので頭の中で下書きをする頃には終わってしまう、なんとも罪深い曲ではないでしょうか。

さて、第26回演奏会ではドビュッシーやフォーレ(の原作のメーテルリンク)とともに記念年として取り上げています。

ドビュッシーやフォーレは意外と女性関係は自慢できるようなものではなく、ドビュッシーに至っては友人の妻を寝取って駆け落ちまでしています。

フォーレも禁欲的な音楽を書きながら愛人を囲っていたとか。

一方ディーリアスは41歳と晩婚でしたが、50歳を手前に失明・全身麻痺に侵されながらも妻・ジェルカや弟子のフェンビー、指揮者のビーチャム(ロ ンドン・フィルやロイヤル・フィルの創設者であり、ラジオから流れるビーチャムの指揮にはディーリアスはいつも満足したとか)に支えられ作曲活動を続けた のでした。

ジェルカは最後までディーリアスに付き添い、ディーリアスが死去した1年後に後を追うように息を引き取ったとのことです。

若いころには音楽の道に進むこともできず、病にも苦しんだディーリアスですが、残された音楽からは幸せな人生であったと伝わってくるようです。
そんな音楽が演奏できたらな、と願っています。

フォーレ/ペレアスとメリザンド

フォーレの「ペレアスとメリザンド」は、モーリス・メーテルリンクの戯曲(舞台劇の原作)のための音楽として作曲されています。

フォーレの他にシベリウス・ドビュッシー・シェーンベルクの作品もありますが、やはりフォーレのこの曲が一番演奏される機会が多いかと思います。

今回演奏する組曲版は全曲の19曲から5曲を抜粋して構成されていますが、普段は歌曲を除いた4曲で演奏される方が多いでしょうか。

フォーレもメーテルリンクもパリを中心に活動していましたが、この「ペレアスとメリザンド」に含まれる歌は英語の歌詞になります。

ロンドン滞在中のフォーレが依頼されて作曲されたためで、初演もロンドンでフォーレ自身の指揮によって行われています(もっとも最初はドビュッシーに依頼したのだが断られたためにフォーレに声がかかった・・・ということです)。

例によってドビュッシーの毒舌はこの作品にも向けられ、「糸を紡ぐ女」(組曲の2曲目)を娼婦のようだと評価したなどとの話もありますが、有名な「シシリエンヌ」をはじめフォーレらしい美しい音楽が揃っています。

劇のストーリーを要約してしまうと「妃と浮気した弟を兄が殺してしまう」話で、原作は半日もあれば読み終わるボリュームです。

読み進めると「水」や「泉」の話がところどころにでてきて、実はメリザンドは人間ではなく水の精だったのかな・・・と思ったり、「盲目の老王」・「盲目の 泉」・「王の3人の盲目の娘たち」は一体何を意味しているのだろう、とストーリーだけではないもやもやとした感想が残る作品ではありました。

ドビュッシーの同名作品はオペラになりますが、こちらもドビュッシーらしい美しい音楽で、こちらもいつかは演奏してみたいな・・・と思う曲の一つです。

■参考
ペレアスとメリザンド ストーリー紹介 http://kcpo.jp/info/35th/Pelleas.S.html

読書感想文:「エリック・サティ」(兼、「組み立てられた3つの小品」の紹介)

プログラムに取り上げておきながら・・・メンバーからも「ある意味難解」と評されるサティです。確かになかなか出会うことのない価値観?があります。資料もなく曲紹介に非常に困るのですが、図書館で1冊の本を借りてみました。

ジャン・コクトー「エリック・サティ」(深夜叢書)

100ページもない本ですが、大変興味深い内容でした。

著者はサティの信奉者とも言える支持者のため、偏りはあるかもしれません。
ただ、非常に納得するものがありました。
我々はサティの「簡潔さ」の教訓が必要であった。三十本の幅は車輪を形造る。しかし車輪をして車輪の用をなさしめるものは 中軸の中の空洞な部分である。(中略)かように「存在するもの」は一つの利益ではあるけれど、効用は常に「存在しないもの」によって作られる。ドビュッ シィの音楽は完成した形を我々に示す。それは在るところの音楽である。これに反して、サティの音楽は、全て存在しないところのものによって、我々に有効な 音楽である。サティの音楽は表皮を持たない。人々は、その中味に彼の思想を見出す。
ちょっとほめすぎな気はしますね。


今回取り上げる「3つの小品」は、各曲には副題が付けられています。
組み立てられた3つの小品
1.パンタグリュエルの幼年時代(夢) "De l'enfance de Pantagruel(Reverie)"
2.桃源郷の行進曲(歩き方) "Marche de cocagne(Demarche)"
3.ガルガンチュワの遊び(ポルカ調) "Jeux de Gargantua(Coin de Polka)"
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」という小説があるので、その登場人物のようですが、この本はなかなかの長編です。

これを3分ほどの作品に含めるのには無理があり、(サティの簡潔さと対比される)ワーグナーであれば序曲だけで15分、演奏に1日を費やす作品に仕立て上げるかもしれません。

では、なぜサティは僅か3分で3曲したのか?

それが「存在しないもの」を作曲したということなのでしょうが・・・作品を理解した上で、必要なエッセンスのみを表現したのではないかと思っています。

先ほどの車輪の例えであれば車輪を表現するのに形を一言一句説明するのではなく、記号や色、擬音で伝えようとしているのです。当然人によっては馬車・荷車・自転車など様々な理解をするでしょうし、そもそも車輪を知らない人にとっては理解ができないものでしょう。

でもそれはまったく気にせずに、サティが考える車輪は「こういうもの」というあまりにも簡潔な説明?をしているだけ。分かる人は分かるし、分からない人には無理に説明をしない。なかなか人を小馬鹿にしている皮肉屋です。

ということは演奏するにも、曲を聴くにもかなりの想像力を働かせないといけないので、なかなかハードルが高い曲なのです。オペラのような明確な物語 も、ドビュッシーのような構造、ベートヴェンの主題展開もなく、頼れるのは自分の経験と感性と想像力。なるほど、これはメンバーから「難しい」と言われる のも無理はありません。

でも、譜面に書かれたことの裏とか奥とか行間を読めるようになると、今まで演奏してきた曲であっても別の理解ができるようになるはずなので、この3分間に頭を悩ませてみたいと思います。

さて、サティの作品で「問題作」に2つあるようです(たった2つなのか・・・なのですが)

一つは「家具の音楽」。僅か数小節の楽譜を無限に(=気が済むまで)繰り返すというこの曲。サロンでのBGMとして作曲されたようですが、
同じ旋律が何度も繰り返される→耳が曲を覚えてしまう→(周囲の環境に溶け込む)→まるでそこにある家具のように違和感ないものとして認識される
という実験音楽です。以前テレビで「史上最も長い曲」としてサティのピアノ曲「ヴェクサシオン」が取り上げられていましたが、同じ系統の音楽です。

つまり、演奏会などで「聴く」という行為ではなく、そこに「在る」だけの音楽で、長年酒場のピアニストとして活躍(?)したサティらしい1曲です。

こちらはロビーコンサートで演奏予定ですが、くれぐれも立ち止まって聴き入ってはいけない曲ということですのでご注意ください。


もう1曲は最後の作品と言われるバレエ「本日休演」と幕間に流された映画「幕間」の音楽です(当時のフランスでは幕間に映画を流していたようです)。ふざけたタイトルのバレエですが、初演は本当に休演になったようです。

これがまた問題作で・・・バレエは鏡を並べた舞台で踊り手がアドリブで踊るというもの。映画は大砲とか棺桶とかが脈絡なく映し出されます。真面目に観ると頭が痛くなってきます。夢に出てきてうなされそうです・・・。あ、サティ自身も出演しています。

でも音楽は素晴らしいです。たぶんバレエも映画も、何の意味もないです。評論家や実際に観た人が「あの意図は・・・」「あの演出は・・・」と語るか もしれませんが、それはきっとサティの罠です。意味のないものに意味を見出す行為自体をきっと皮肉っています。何も考えずに観て、その時間をそのまま受け 入れるのが正解かな、と思っています。

美しい花を前にして「美しい」と感じる、おいしいものを食べたら「おいしい」と感じる、そんなピュアな感受性の大切さを思いかえさせてくれる・・・とは言い過ぎですね、きっと。

でも、それがコクトーが評した簡潔さであり、サティの思想なのではないかと思います。

注:映像も問題作ですので、あまりまじめに観ないことを推奨します・・・
バレエ「本日休演」 第1幕

映画「幕間」 ※大砲のシーンの左側の男性がサティです

バレエ「本日休演」 第2幕

さて、この内容だけでは変人扱いされてしまいそうです。 サティで有名な曲の一つはやはりこれでしょう。
「ジュ・トゥ・ヴ」


こちらはがらりと変わってポピュラーな人気曲ですね。

L.v.ベートーヴェン/交響曲第8番 ヘ長調 作品93

交響曲第8番は9曲の中ではやや演奏頻度の低い部類に入る曲かもしれませんが、個人的にはとても好きな作品です。兄弟作とも言える第7番と比較されてしまいますが、第7番のような力強さや「不滅のアレグレット」のような陰りはもたない、全楽章を通し明るい曲となっています。

第8番は作曲開始が第7番の後、1811年、完成が1812年となります。
この前後にどのような歴史イベントがあったかまとめてみました。

1809年
 オーストリア戦役(ナポレオン絶頂期)
 ハイドン死去
1810年
 ヴァイオリンソナタ第10番
 弦楽四重奏第11番<<セリオーソ>>
 『エグモント』
 シューマン生まれる
1811年
 ピアノ三重奏第7番<<大公>>
1812年
 交響曲第7番・第8番
 「不滅の恋人」の手紙
 ロシア戦役
1813年
 『ウェリントンの勝利』
 ヴァーグナー、ヴェルディ生まれる
1814年
 ナポレオン退位(エルバ島へ)
 ウィーン会議
1815年
 弟カール死去
 ワーテルローの戦い
 「第9」の作曲始まる(完成は1824年)。

ナポレオン時代の終焉を迎え、「不滅の恋人」、弟カールの死、そしてスランプとベートーヴェンには様々な変化が訪れた時代です。前期・中期・後期などの分類では中期の最後、そして後期の始まりとなります。

メッテルニヒの主導するウィーン体制(「会議は踊る」で知られる)とはナポレオン時代に広まった思想を否定しそれ以前に戻そうとする政治体制であり、ベートーヴェンが自由主義思想に共感を感じていたことから危険分子とされ逮捕されたとの逸話もあります(酔っ払っていたところを逮捕されたとも・・・)。

この政治的思想の取り締まり、経済的混乱、カールの死去とが重なり第8番のあとのベートーヴェンは創作どころではないスランプへ陥り、バッハの音楽の研究と後期後半の作品群へと繋がることになります。

このような時代の直前の第8番が明るくユーモアに満ち溢れているというのは皮肉なことかもしれません。

さて、先に述べたように第7番の交響曲と比べるとやや人気の劣るところはあるかもしれませんが、形式としては古典的と見せかけてむしろより革新的な作品です。

まず構成として緩徐楽章を持たず、代わりに3楽章に置かれるスケルツォが第2楽章に、第3楽章にはベートーヴェンの交響曲の唯一のメヌエット楽章を持ちます。

スケルツォ楽章は「メトロノームのテーマ」ということで、発明家のメルツェルに送られたカノンと関連があります。と言いながら、どちらが元なのか?というのはよく分からないみたいです(シンドラーによる偽作、とも言われます)。

WoO162 カノン「愛するメルツェルさようなら」(「タ・タ・タ・カノン」)

他にもfffやpppの利用、いきなりフォルテの主題で始まる1楽章、4楽章での動機の繰り返しと、演奏する側も聴く側も飽きることのない充実した30分間ではないでしょうか。

G.U.フォーレ/組曲《マスクとベルガマスク》 作品112

アマチュアオーケストラの選曲としては、フォーレはマイナーな部類に入るかと思われますし、実際『レクイエム』『ペレアスとメリザンド』、そしてこの『マスクとベルガマスク』が主に取り上げられる曲でしょうか。

L.v.B.では『ペレアスとメリザンド』、『パヴァーヌ』に続く3曲目・・・だったかと思いますが、『パヴァーヌ』は本来『マスクとベルガマスク』の一曲であったりもします。

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元が教会のオルガン奏者であったフォーレの曲はどこか宗教的な純粋さと、一方で甘く時として官能的とも言えるようなメロディーという矛盾するような魅力があるような気がします。

フォーレが活躍したのは19世紀中旬から20世紀初頭となります。例によって何人かの作曲家と比較してみます。
  • ベートーヴェン(1770-1827)
  • ワーグナー(1813-1883)
  • ブルックナー(1824-1896)
  • ブラームス(1833-1897)
  • サン=サーンス(1835-1921)
  • チャイコフスキー(1840-1893)
  • ドヴォジャーク(1841-1904)
  • フォーレ(1845-1924)
  • マーラー(1860-1911)
  • ドビュッシー(1862-1918)
  • リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)
  • ラヴェル(1875-1937)
いわゆるドイツロマン派とフランス印象派の間に位置しているようです。

フォーレの書籍などを読んでみると、フォーレ自身もワーグナーに続く革新者であり、彼がいなければラヴェルやドビュッシーの音楽は生まれなかった・・・ぐらいのことは想像してしまいます。

実際ラヴェルはフォーレの教え子のようですし、ドビュッシーは時にフォーレの音楽を痛烈に批判しながらもそれなりに私的な交流はあったようで、フランス音楽界への影響は非常に大きかったことでしょう。

さて、そんなフォーレが作曲したこの『マスクとベルガマスク』はヴェルレーヌの詩を題材とした舞台音楽で、有名な『月の光』もその1曲となります。 組曲の中身はWikipediaを見ていただいた方が詳しいので割愛してしまいますが、全曲版もまた美しい曲が揃っておりますので、いつかは取り上げてみ たい曲の一つです。

組曲はガボットやメヌエットなど、古典形式の曲が含まれています。
ジーグ、パッサカリア、ブーレ・・・などどこかで聞いたことのある曲名はあるかもしれませんが、バロック時代の舞曲が用いられています。ガボットもメヌエットもフランスの踊りで、ドイツの踊りであるワルツがでてくるのはまだまだ先のことです。

フォーレはフランス印象派には含まれないのですが、前述の通り時代の転換期に重要な役割を果たした作曲家です。

その割にあまり取り上げられないのが不思議なのですが、ラヴェルやドビュッシーほど尖っておらず、サン=サーンスほど形に拘らなかったあたりが原因なのでしょうか?

この『マスクとベルガマスク』にしても、300年ばかり昔の形式で書かれた美しい曲、としてしまえばそれで終わりなのかもしれませんが、時代が前に進もうとしている時にあえてその古典的な形式を取ったことは一つのチャレンジであったと思います。

(再利用されたりして継ぎはぎの音楽だということはさておき)フォーレがどのような意図でこの曲を作曲したのか、19世紀末から見た17世紀の祖国とはどのようなものだったのか、そんなことに想いを馳せてみたいと思います。


■参考
Wikipedia:
ガブリエル・フォーレ
マスクとベルガマスク
その他、作曲家の誕生年を参考

W.A.モーツァルト/交響曲第41番《ジュピター》 ハ長調 K.551

《ジュピター》の通称で知られる曲は、天才モーツァルトの最後の交響曲として知られる。
特に、終楽章の「ジュピター音型」によるフーガ(正しくはフガート)は僅か10分の楽曲に彼の、そして人の一生が込められているのではないかと思ってしまうだ。

このジュピター音型は8~9歳の頃に作曲した、交響曲第1番の第2楽章でも用いられており、時にアンコールピースで取り上げられることがある。
最初と最後の交響曲で用いられているのも、何やら意味深いものがあるが、あまり言及されないものの第33番でも使われていたりする。


このジュピター音型はド-レ-ファ-ミ、つまり音名ではハ-ニ-ヘ-ホとなる。
のちにブラームスの4つの交響曲は、第1番ハ短調、第2番ニ長調、第3番ヘ長調、第4番ホ短調で作曲されているのだが、偶然なのか狙ったものなのかはどちらなのだろうか。


終楽章に至るまでの楽章も非常に素晴らしく、各楽章とも堂々としていながらどこか優しく、笑っているのか、泣いているのか、モーツァルトの晩年に得た境地が描かれている名曲中の名曲で、R.シュトラウスは「天国にいるようだ」と評した。

作曲されたのはモーツァルトの死の3年前、33歳と言うことになる。
1780年代のヨーロッパの政治と、モーツァルトにかかわる年表を少しあげてみるとこんな時代だ。
  • 交響曲第34番完成(1780年)
  • ザルツブルクからウィーンへ(1781年)
  • コンスタンツェと結婚(1782年)
  • パガニーニ生まれる(1782年)
  • 「フィガロの結婚」初演(1786年)
  • アメリカ独立戦争終結(1783年パリ条約)
  • ウェーバー生まれる(1786年)
  • ベートヴェンがモーツァルトのもとへ訪れる(1787年)
  • 「ドン・ジョヴァンニ」初演(1787年)
  • 父、L・モーツァルト死去(1787年)
  • 《ジュピター》完成(1788年)
  • フランス革命勃発(1789年)
  • モーツァルト死去(1791年)
日本では第10代家治~11代家斉、老中田沼意次、天明の大飢饉、松平定信というあたり。

ベートーヴェンはまだ楽聖への道を歩みだしたばかり、ロッシーニ(1792-1868)、シューベルト(1797-1828)、ヨハン・シュトラウ ス1世(1804-1849)、ベルリオーズ(1803-1869)など名だたる作曲家たちはまだ生まれもしていないが、フランス革命というヨーロッパの歴史イベント としても激動の時代へと突入していくことを予感させる。
個人的に、《ジュピター》の終楽章を耳にするたびにモーツァルトの死を境としてに時代が変わったのではないかと思ってしまうのだが、こうして年表を並べて見ると決して大げさではないだろう。

魔笛、クラリネット協奏曲、レクイエムをはじめとする50を超える曲が続くにも関わらず、フガートの終結は一つの時代が終わってしまったことを感じさせる。
そしてモーツァルトに次ぐ大作曲家として10年の歳月を経て、1800年にベートーヴェンが交響曲第1番を完成させる。
一体この10年の間に何が起きたのか、第1番の最初の和音が鳴り響くと共に、恐竜絶滅後の地球で哺乳類が爆発的な進化を始めたように、音楽の新しい時代がはじまる。

ところで、モーツァルトと共に古典音楽を支えたヨーゼフ・ハイドンは1809年まで存命であった。
モーツァルトの死後も交響曲を20曲ほど書き続け(ロンドン交響曲は1795年)、「ドイツの歌」の原曲を1797年に作曲し、ナポレオンのウィーン侵攻の最中に亡くなった偉大なるハイドンはどのような思いで時代の移り変わりを見ていたのだろうか。

この曲の演奏会
第40回演奏会

プッチーニ/菊

プッチーニ作曲の『菊』は、彼の作品ではほぼ唯一の弦楽四重奏曲で、今回のように弦楽合奏で演奏されることの多い小品です。『菊の花』と呼ばれることもあります。

あまりなじみのない曲かもしれませんが、イタリアでは追悼曲としてしばし演奏される曲、と言われています。
曲の成立についてはあまり資料がないため、手持ちのCDの曲紹介をベースに調べております。

作曲されたのは1890年、プッチーニのパトロンでもあったサヴォア家のアマデオ公爵の死を追悼するために一晩で書き上げたとされています。
このアマデオ公爵については先のCDの資料には言及はないのですが、スペイン王アマデオ1世ですので、今回の演奏会ではスペインの名曲アランフェス協奏曲に若干関係を持たせております。

7分ほどのこの作品は、物憂げなメロディーで満たされています。

■ヨーロッパでの『菊』
日本では菊の花と言うと、天皇家の御紋であり、春の桜に対して秋の菊として鑑賞されています。
もともと原産は中国で、ヨーロッパにも中国から持ち込まれたようです。
ヨーロッパで広まったのは、幕末の日本から鑑賞菊が持ち込まれたことがきっかけ・・・と言われることもあります。
一方で、弔花としての慣習はその後ヨーロッパから伝わったようですね。
一部の国のようですが、墓参りの際には菊の花をもちいるようです。

Yahoo知恵袋で面白い記事がありました
デンマーク→普通に鑑賞用
フランス・イタリア→墓参り
オーストリア→母の日のプレゼント
イギリス→結婚式
※各国いろいろな文化があると思いますので要注意

また、葬式の時、とくにキリスト教ではユリが多いようですね。
聖書で繁栄の象徴とか。

■オペラ「マノン・レスコー」
『菊』のメロディーは、オペラ「マノン・レスコー」に転用されています。
第4幕、アメリカでのシーン「君の重みを全部僕にかけ給え」です。
娼婦として植民地ルイジアナへと流刑されたマノンと、それを助けるべく追いかけてきた騎士デ・グリューとが荒野で歌う二重唱でした。





この後マノンは力尽きてしまうんですよね・・・。

■曲の背景
曲の背景のために、当時のスペインの情勢をまとめてみました。

なぜイタリアのサヴォア家からスペインの国王が・・・という話になりますが。
現在のスペイン国王ファン・カルロス1世は1700年から続くスペイン・ブルボン朝、つまりもともとはフランスからの家系(といいながらもスペインの血も流れていたり、本家は断絶したりと複雑ですが)です。世界史で「スペイン継承戦争」というものを習っておりますが、まさにそこのお話ですね。

そして19世紀までに、フランス革命やナポレオン戦争の影響を受けながらスペインは混乱した時代を送ることになります。

1833年のイサベル2世の即位により始まるカルリスタ戦争(つまり王位継承をめぐる内戦)は1839年には終戦となります。しかしその後も国内は混乱し、1868年には陸軍のプリム将軍を中心としたクーデターにより、イサベル2世がフランスに亡命することになります(9月革命とかスペイン名誉革命とか)。

ここでスペイン国王として呼ばれた、というよりも支援者のナポレオン3世の意向によりアマデオ1世が即位します。

なんでここでナポレオン3世なのか?
アマデオ1世(サヴォイア公)の父親はイタリア統一王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世。
またややこしい話になりますが、神聖ローマ帝国領であったイタリアは、ナポレオン戦争によりナポレオンの支配下となります(1805年)。
ナポレオン(イタリア読みだとナポレオーネ・ボナパルテ)は1814年に退位し、イタリアは小王国へと分裂し、ナポリ・シチリア・パルマなど、ブルボン王家による王国も多かったようです。

1815年から始まるイタリア統一運動はガリバルディらの活躍により1871年には終結します。
その背後にはナポレオン3世の支援がありましたので、ようやくアマデオ1世の即位につながるわけですね。

とはいえ、後ろ盾であったプリム将軍も暗殺され、支援者もいないアマデオ1世は結局在位は1870-1873年と非常に短いものとなりました。

アマデオ1世の退位後にスペインは共和制(第一共和制)となりますが、クーデターにより再びブルボン王家に戻り、アルフォンソ12世(現国王ファン・カルロス1世の曽祖父)が即位します。

■余談
・イタリア統一運動へのオーストリアからの干渉(オーストリアから見れば独立鎮圧)として、かの「ラデツキー行進曲」が生まれています。

・アマデオ公は1888年にマリー・レティシア・ボナパルトと再婚しています。マリーはナポレオンの弟ジェローム・ボナパルトの孫娘(つまりマリーの父親はナポレオン3世の従兄弟)であり、アマデオ公の姪になります。

・現在のボナパルト家の当主「ナポレオン7世」はジェロームの曾孫となっています。

■参考
Wikipedeia:アマデオ1世
その他いろいろ
 スペイン・ブルボン王家の系図
 Yahoo知恵袋:各国の菊の花
 Yahoo知恵袋:百合の花

F.F.ショパン/ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21

ショパンと言えば「ピアノの詩人」。
映画「戦場のピアニスト」で有名になった・・・というまでもなく、有名な作曲家です。
その知名度と人気にも関わらず、オーケストラプレイヤーにはあまり縁のない作曲家の一人だったりします。その理由は簡単、オーケストラ曲がないのです。

ピアノと管弦楽のための作品が何点かあるほかはバレエの曲が1曲知られているぐらいでしょうか。

割とマイナーな曲目も演奏しているLvBですが、もし生誕200周年、という節目でなかったとしたら、なかなか取り上げることはなかったかもしれません。

というわけで、団員のほとんどが初となるショパンを取り上げることとなりました。

=========

オケの演奏会の選曲としてはほぼ2択となります。

どちらも名曲であり、実にショパンらしい魅力にあふれたコンチェルトです。
本当は2曲演奏したかった、とは言いませんが、選曲に悩んだプログラムでありました。
曲は、暗いバイオリンのメロディーから始まる1楽章、実にピアノが美しい、ただただ美しい2楽章、そしてマズルカの3楽章と、カデンツァはないものの実にシンプルな構成となっています。

オーケストラでなかなか選曲されない理由は、「オーケストレーションが未熟」とはよく言われます。つまり、オケにとっては「おいしくない」曲なのですね。
実際バイオリンの楽譜を見てもじつに音が少ないです。

しかーし、そこに落とし穴が。

オケがシンプルということはピアノはとても充実しているわけです。
ピアノのメロディーに答えるように音をひとつならすだけでも集中力が必要とされ、とても緊張する演奏会でありました。

でもでも、ピアノの裏でのちょっとした音、とても旋律とは呼べないような譜面でも、ピアノと一緒に演奏してみると非常に楽しい曲でした。
なんというか、くるくるとまわるピアニストと踊りを踊っているような、不思議な感覚です。

いやぁ、ショパンはひたすら天才でした。

=========

さて、最後に小ネタを3つ。

「戦場のピアニスト」のオープニングで使われた、「夜想曲第20番」はこの協奏曲第2番の練習曲なのだそうです。改めて聞きなおすと、やっぱりいい曲ですね・・・。


2つめ。
ショパンとメンデルスゾーンはほぼ同じ年を生きています。
ショパンは1810年3月1日~1849年10月17日、メンデルスゾーンは1809年2月3日~1847年11月4日。どちらも薄命の天才なのでした。
二人は生きている時に出会ったことはあるのですかね?

そして最後に。
この曲紹介は演奏会の翌日に書いていますが・・・本日はショパンの命日なのでした。
ショパン生誕200周年の命日、の前日に演奏会とはちょっと感慨深いものがありました。

2014/10/12

F.メンデルスゾーン-B/交響曲第4番《イタリア》 イ長調 作品90

LVBはモーツァルト、ベートヴェンなど古典の曲が多いのですが、ドイツ・ロマン派からはメンデルスゾーンが比較的多く取り上げられています。

「フィンガルの洞窟」、ヴァイオリン協奏曲、それから交響曲からは《宗教改革》、《スコットランド》に続く5曲目でしょうか。

ユダヤの御曹司、ということで金銭的な苦労のない貴重な(?)作曲家で、肖像画を観ても線の細いイメージかと思います。

楽曲の方は意外と「濃い」曲が多く、ピアノのように音符が多い曲になる傾向が・・・とは弦楽器奏者の見方でしょうか。

特に交響曲ではバイオリンからコントラバスまでがユニゾンで速いパッセージを刻んでいる時も多く、演出は劇的、と言えるでしょう。

このイタリアでも、バイオリンパートは言うまでもなく、低弦パートまでが細かいパッセージで会話をすることで、曲 が構成されています。これはモーツァルトやベートヴェンではあまりないかもしれません(バッハのフーガがオーケストラに編曲されると演奏することがあるか も?)。

本作のイタリアはメンデルスゾーンがイタリア旅行中に楽想を得たこと、4楽章に
「サルタレロ」と呼ばれる舞曲のリズムが使われていることが言われていますが、音楽的にはあまりイタリア・・・というものではないのがちょっと不思議なところです。
今回はショパンのピアノ協奏曲との組み合わせなので、あちらはポーランドの「マズルカ」、対してイタリアではサルタレロと、踊りの多いプログラムとなりそうです。

参考
Wikipedia:交響曲第4番 (メンデルスゾーン)

J.ブラームス/交響曲第1番ハ短調作品68

日本人に人気のある曲ランキングでも常に上位にあるこの曲。

「ブラームスらしい堅苦しさ」を持つ1楽章から始まり、各楽章共に演奏する側、聴く側どちらも満足できる作品であることは誰もが認めるところでしょうか。

4曲の交響曲では3番や4番の方が人気なのかもしれません

2番はちょっとマニア向け・・・?

いやいや、あくまで4曲を比較するからであって、どれも珠玉の逸品であることは変わりません。

指揮者の広井氏とは大学1年の冬の定期演奏会でこのブラームスの1番を演奏しました

その時は「音がだせれば満足」な程度でしたからあまり深く考えていませんでしたが、その後経験を積んでみると、特に1楽章に対して「なんとロマンチックなのだろう」と感じるようになりました。

人によってはこの1楽章は堅苦しいし、深刻だし・・・で敬遠されがちなのかもしれませんが、堅さと柔らかさの共存というか、普段いかつい顔をした頑固おやじがふとした優しさをのぞかせるような、チャーミングな曲ではないかと思っています。

個人的には広井氏とは3度目の演奏。

またゲストコンサートマスターに印田さんを迎えての演奏なので非常に楽しみにしております。
あ、ソロの代奏は楽しかったです・・・

R.A.シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調 作品54

この曲が一部の(?)愛好家に有名なのは、「ウルトラセブン」の最終話に使われたエピソードでしょうか。

クラシックの曲がアニメや映画に使われることは珍しくはありません。
バーバーの「弦楽のためのアダージョ」なんてのはよく使われますし、映画「地獄の黙示録」ではワーグナーが使われていました。

BGMをクラシックで統一したアニメなんてのもありましたね。

このシューマンのピアノ協奏曲は、「シャイン」(1996)、「僕のピアノコンチェルト」(2006)、「4分間のピアニスト」(2006)、邦画では「わが愛の譜 滝廉太郎物語」(1993)あたりで使われています。シューマンらしい劇的な音楽は映画を気持ちよく盛り上げてくれます。

「ウルトラセブン」では、最終話でダン・モロボシ(ウルトラセブンが扮した地球人)が自らの正体を告白したシーンに始まり、怪獣との戦いと、ウルトラセブンが役割を終えウルトラの星へと還っていくまでのシーンを通じて、第1楽章が作品のほとんどのBGMとなっています。

なんでそんなに話題になるのかとためしに見てみましたが、確かに見事にマッチしている作品ではないかと思ったりしました。

L.v.B.ではあまりロマン派の作品を取り上げてこなかったせいなのか、シューマンの劇的な展開がとても新鮮です。

モーツァルトやベートーヴェンのような形式的な美しさを持つわけではなく、情緒に訴えかける音楽性に、アマチュアにもシューマン好きは結構います。

ただ、よく言われるようにオーケストレーションについてはやや難があり、オーケストラ曲だけではなく室内楽を演奏してみても、「なぜこの調なのだろうか」「なぜこの音なのだろうか」とはしばし悩まされます。

ピアノをメインとしている作曲家だからなのでしょうか?

そして管弦楽技法に加えてこの曲のチャームポイント(?)に、「ヘミオラ」の技法が使われていることが挙げられます。

ヘミオラとは、「3拍子の曲で、2小節をまとめてそれを3つの拍に分け、大きな3拍子のようにすること」(Wikipedia)だそうです。・・・よくわかりませんね

3楽章は基本的に3拍子です。

当然1・2・3の3拍で1小節をカウントします。

しかし、ここに拍子の異なる音楽が書かれているのです。

ちょっとわかりにくいですが・・・聞いている人にはこう聞こえます。
「タン・タン・タッタ タン・タン・タッタ」 
ところが譜面には、
「タン・タン ・タッタ タン・タン ・タッタ」
と書かれています。
なんのこっちゃ・・・と思われるかもしれませんが、目から入ってくる情報と、耳から入ってくる情報とが異なるので、演奏者はとても混乱します。
たとえば、三拍子は三角形を形作って指揮をします。二拍子は往復です。
理屈の上では、これは同じだけのカウントをします
 三拍子を二回→1・2・3・1・2・3
 二拍子を三回→1・2・1・2・1・2
指揮者のように腕を振ってみると、簡単にできます。

でも、右手で三拍子、左手で二拍子を同時にやるのは結構難しいです。
シューマンは、別に演奏家にそんな曲芸を求めていたわけではなく、拍子の異なる音楽をわざわざ書くことによる、不安定さ・不自然さを書いていたわけです。
演奏する側にとっては、生理現象に逆らうので、遊園地にあるマジックハウスみたいな感覚です。

きっと多くの演奏家が泣かされてきた曲ではないでしょうか・・・。

A.オネゲル/「夏の牧歌」

苦手な曲、と書いてしまうと誤解があるのかもしれませんが、「夏の牧歌」のような曲は我々アマチュアはどうも苦手です。

もちろん嫌いではないのですが(だったら選曲しませんし・・・)、なんというか、独特のセンスが必要にされる曲なのです。

たとえば、交響曲は基本的に皆で同じ方向を向いているので、集団としてのキャラクターを作るのがなんとなくできています。構成にも土台がしっかりしていて、メロディーや対旋律や刻み・和音が・・・とわかりやすのです。

しかし、この「夏の牧歌」や、以前取り上げたディーリアスは、ふわふわとした「世界観」があるだけなのです。

楽譜上はそれほど難しいわけでもないし、特殊楽器があるわけでもないのに、「楽譜通り演奏してもさっぱりわからない」という感想が残ります。

おそらく、ドイツ系の曲、たとえばベートーヴェンやメンデルスゾーン、シューマンといった曲は慣れていることもあり「形」が見えてくるのですが、フ ランス系の、特にこういった曲は出来上がりのイメージというか、絵画や映画のような映像的なイメージの共有がアマチュアは苦手なのでしょう。

技術ではなく、気持の問題でしょうが、「イメージの共有」というのも技術の一つなのでしょうか。

CDを聞きなおすたびに、いい曲だなぁと思うのですが・・・練習して上達するものでもなく、しかし曲目でとりあげない限りは自分たちに足りないものに気がつくこともなく・・・と難しい選曲です。

W.A.モーツァルト/歌劇「後宮からの誘拐」序曲

いわゆるジングシュピールといわれる、軽めのオペラです。
当時の世相を現し、東方(トルコ)の要素が取り入れられている・・・らしいです。

ヨーロッパとトルコの関係というと、こんな感じです
 1453年 ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを攻略
 1529年 第一次ウィーン包囲
 1571年 レパントの海戦
 1683年 第二次ウィーン包囲
 1685年 J.S.バッハ生まれる
 1718年~1730年 いわゆるチューリップ時代
 1756年 W.A.モーツァルト生まれる
 1768年~1774年 露土戦争
 1775年 ヴァイオリン協奏曲第3番「トルコ風」作曲
 1781年 モーツァルトがウィーン移住
 1782年 「後宮からの誘拐」作曲、モーツァルト結婚
 1783年 「トルコ行進曲」作曲
 1794年 ハイドンが交響曲第100番「軍隊」を作曲

時代としては、もうオスマン朝トルコが衰退していますね。
ウィーンにトルコ音楽が流行したのは、第二次ウィーン包囲の影響などといいますが
意外なのは、ハイドンの「軍隊」が意外と後ろの方なんですね

ちなにみ、「後宮からの逃走」というタイトルもありますが、正確な訳は「誘拐」なのだそうです
→参考:http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ngc/j/k384.htm
ちなみにGoogleで調べてみると・・・
 後宮からの誘拐 に一致する日本語のページ 約 20,300 件
 後宮からの逃走 に一致する日本語のページ 約 32,100 件
「逃走」の方が多いですね・・・

苫米地英一/『尺八と管弦楽のための3つの連画』

 日本画家の東山魁夷は著作「日本の美を求めて」の中で次のように述べています。

「外国の文化を好んで受け入れるというこの性質は、ともすれば自国の文化のよさを見る 目を失う危険性をつねにともなっております。」

 外国文化の受容に対する日本人の特質を危惧する東山魁夷はしかし、外来文化の積極的な摂取に対して、“強力な咀嚼力”と“柔軟性をもつ融和力”によって日本人は、今なお清新な活力を持ち続け、また「自国の文化の廃退と老衰を救ってきたとさえ思われる」と述べています。

 尺八や箏、琵琶、三味線等は、今日のオーケストラのようにかつて海外から日本に輸入された“外国”の楽器でした。しかし、日本人のその特性である“咀嚼”や“融和”によって、今ではすっかり日本の“伝統楽器”となっています。

 オーケストラが“日本の伝統文化”になるにはまだ少し時間がかかるかもしれませんが、本日のように新しい作品を作り出していくコンサートが今後もたくさん増えていくことによって、日本の文化がいつまでも生き続けることを願ってやみません。



『尺八と管弦楽による3つの連画』

残雪の情景を前に、失われていった生命に想い巡り、そして様々に移ろいでいく情感を描いています。

≪1楽章 残雪の光≫
眩いばかりに光る春の雪。冬と春が交差する特殊な空気感の中で、私たちの生命の歴史に思い及びます。

≪2楽章 精霊(しょうらい)の歌≫
精霊となっていった遥か昔からの私たちの祖先や自然、愛する人。様々な情感が湧き起ってきます。

≪3楽章 春の巡礼≫
残された私たちはこれからどこへ進んでいくのでしょうか。生命の歴史が降り積もった大地の上にはまた美しい春の情景が訪れます。

独奏の尺八は1楽章と3楽章で一尺八寸と一般的な長さの尺八を、2楽章では通常より長い二尺三寸の尺八を使っています。また音楽は、西洋音楽や尺八の様々な書法を用いながら、最後は千二百年前には既に日本に鳴り響いていた笙の和音「行」で締めくくっています。

(文:苫米地英一)